ブログ目次
◇自力?他力?否、アレンジ ~河合隼雄における例
◇「開かれたアイデンティティ」by 河合隼雄
◇自由
自力?他力?否、アレンジ
「渦中において精いっぱい自己を主張し、正直に行動すること」by 河合隼雄
自分の人生における「ごまかさない(ごまかせない)こと」「嘘をつかない(つけない)こと」「真摯にあること」「存在をかけること」「力を尽くすこと」とは、そしてそれらが大事であることの“理由”と“希望”を知りたい人は、河合隼雄著「母性社会日本の病理」の第二章のp.148「ユング研究所で分析家の資格試験を受ける」(から第二章の最後p.160まで)を読んでください(^-^)
河合先生が、スイスのユング研究所でユング派分析家の資格取得(日本人で初!)のための最終試験で経験されたことが記されています。
棚ぼた!?(他力本願)でも自力本願でもない、「渦中において精いっぱい自己を主張し、正直に行動すること」(河合)による“アレンジ”の妙について書かれています。
あるいは、全力を尽くさないと棚ぼたもない、ということです。(ちょっと違うな(笑))
「運も実力の内」「ゾーンに入る」「祈るとは」といったテーマとも関係してくる領域ですね。
2026.01.04
「開かれたアイデンティティ」by 河合隼雄
私の下手なブログよりも↓こちらを読んでください(笑)
「開かれたアイデンティティ」by 河合隼雄
(↑クリックすると、PDFファイルがブラウザー上で開きます)
あるいは「開かれたアイデンティティ 河合隼雄」で検索すると出てきます。
河合隼雄が
人生をかけてアイデンティティを探求し続けること、
個の確立、
存在が花すること(深い次元でつながっている)、
について語っています。
2026.01.03
自由
自由に生きることは可能だと思いますか?
可能です。
自由に生きるとは、すべてのことが自分の思い通りになる、という意味ではありません。
自分が自分の生き様を選ぶこと、その生き様を実践すること。
それが自由です。
好きな自分でいること。
自分がしたいことをすること。
それが自由です。
それはあなた自身が選択できます。
むしろ、あなた自身にしか選択できません。
自由は、周りから与えられるものではありません。
自分で獲得するものであり、獲得し得るもの、です。
自由に生きるか、縛られて生きるか、選択できます。
誰かがあなたを束縛しているのではありません。
自分が好きな方を選べばよいわけです。
自由です。
言うのは簡単、実行するのは難しい、ですか?
難しいかもしれないけれど、自由に生きたいですか?
必要であればセッションでお手伝いいたします。
ご連絡ください(^-^)
自由に生きること、
実践できるようになると、
実は、シンプルかつ“簡単”です。
そして“たのしく”なります。
オススメです。
自分への適応
複雑な現代社会を生きるために、私たちは様々な形で外部の環境に適応することを暗黙のうちに期待されています。私たちが社会に適応するために、知らず知らずのうちに、自分の在り方を限界以上に変形させてしまうことがあります。「なんとなく元気が出ない」「最近つまらない」といった感覚が、その状態のサインかも知れません。
私たち一人一人はまさに千差万別で、外部環境への適応だけではなく
「自分」に適応して生きる必要があります。
それは、自分の感覚に耳を傾ける・目を向ける、
ということでもあります。
何かモヤモヤするとき。
自分はいったい何を求めているのでしょうか?
自分が心底幸せになれるのはどんな時でしょうか?
自分の現状において「これを手放すわけにはいかない」と思っていることは、
何故に手放せないものなのでしょうか?
それは本当にあなたを幸せにするものですか?
あるいは、何かに脅かされて・執着している気持ちから来るものでしょうか?
逆に、「これかあれか、選ぶしかない…」と思っているその迷いは、
本当にそうなのでしょうか?
両方欲しい、そして、実は両方に手を伸ばしても良いものなのかも知れません。
何かの観念にしばられて、○○でなければならないと
思ってしまっているだけかもしれません。
自分で感じて、迷い、そして決断することによって、人生は展開していくものです。
あなたの外側に、あなたの人生の正解が既に存在するわけではありません。
外部環境への適応だけではなく、
あなたが、あなた自身を理解し、あなた自身が満足する人生を選択することが
あなたを幸せに導きます。
あなたは、自分自身に、どんな人生をプレゼントしたいですか?
(英語のプレゼントには、贈り物という意味だけではなく、「提示する」(動詞)の意味もありますね。)
あなたが人生で一番「手に入れたいもの」は何ですか?
今の人生のその先で、5年後、10年後、さらには自分がこの世を去る時に
後悔しないですか?
「これに賭けてみよう」「今の自分の生き方が好きだ」
という人生を生きられていますか?
自分の人生の舵を切れるのは自分だけです。
自分の人生の主導権を握ることができるのは自分です。
一人でその探索にグルグルしてしまう時、モヤモヤするとき、
そのことを深く学んだカウンセラーがお手伝い致します。
(本サイト主催のカウンセラーが「深く学んだ」というのは、
心理学的な理論だけではなく、
自身も数百回のセッションのカウンセリング・精神分析セッションを受けて
体感的に学んでいる、という意味です。
こころは、教科書を読んだだけでは理解できません。
こころの探索それ自体を実際に深く体験しなければ、分かりません。
外側から、知識としてのアドバイスをするのではなく、
あなた自身が、あなた自身の心を・人生を探索する道に、
カウンセラーが同行する形で、お手伝いを致します。)
2024.05.28
自分の人生をダイヤモンドに
ダイヤモンドが美しいのはなぜでしょうか。
ダイヤモンドに多くの人の心が惹かれるのはなぜでしょうか。
キラキラ輝くから、きれいだから、でしょうか。
人がダイヤモンドに心惹かれるのは、
おそらく見た目に「きれいだから」だけではないと思います。
ダイヤモンドは少なくとも数億年前、場合によっては数十億年前に
地球の活動によって生成されたものです。
ダイヤモンドは地球の奥深い部分で炭素原子が
ものすごい高温(1000℃以上)と圧力(大気圧の4500倍)に
さらされることによって誕生した、地球上でもっとも硬い天然鉱物です。
それは地表に出てくるまでの数億年の間、地球の奥深い領域に眠っていました。
ダイヤモンドの輝きの背後には、
数億年という時間、高温、圧力(エネルギー)
それらが隠れているのです。
原石を見出し、
それに研磨をかけると、
あのような美しい輝きを発するのです。
人生と同じです。
人がダイヤモンドの美しさに思わず魅了されるのは、
それが、このような背景を持つ「美しさ」だからではないでしょうか。
私はそう思っています。
表面だけを磨いても、
あの輝きは現れません。
ダイヤモンドの原石が既に実は「美しい」のです。
いつ終わるのか分からないとすら感じられる(長い時間)
苦悩(高温・圧力)は、
実は「美しさ」にたどり着くための過程かも知れません。
きっと、炭素原子も、
やがて自分がそのような美しい輝きを発することになるとは
知らなかったと思います。
人が生きている姿にも、
ダイヤモンドのような煌めきが見えることがありませんか?
私は折々にそれを目撃しています。
(いや、人の煌めきは、ダイヤモンドより美しいといっても過言ではないと思います。)
ダイヤモンドをお金を出して買わなくても、
自分の中にその輝きを見いだせたら、
素敵だと思いませんか?
(蛇足ですが…ここでいう「輝き・美しさ」は内側から現れる輝きです
そして私たちはそれを感知することができますよね。感動します。)
あなたが今抱えている苦悩は、
やがてダイヤモンドのような輝きを発するまでの過程の
高温・圧力・時間の状態なのかもしれません。
(そのプロセスを一人で歩むのが大変な時はお手伝いを致します。
必要であればご連絡ください。)
2024.11.10
「前例がない」「それって夢(物語)だよね」!?
いきなりの告白!?ですが、
私は「前例がない」「それって夢(物語)だよね」という言葉が好きではありません。
さらには(小賢しく言うと!?)、これらの表現は誤りの発言だと思います。
(↓説明します)
いま、この世界に存在するすべての事象には、第一例があったはずです。
世界に存在する様々な事象には、まず最初の「第一例」があったのです。
それまでは「前例」は無かったのです。
人間が起こす行動についても同じです。
もしも今後一切「第一例」となる事象・行動がないのだとしたら、
これまでに生じた事象を機械的にただただ繰り返すだけの世界・人間になりますよね。
現実はそうではありません。
むしろ日々、新しい事象・行動は生じています、起こしています。
つまり、「前例がない」と言う人は、
「これまでとは異なる、新規の事例・出来事を生み出すつもりはない」
と表明しているだけなのです。
「それは困難なのでやるもりがありません、それを前例がないせいにします」
と言っているのです。
したがって、その人は「前例がない」とだけ言うのではなく、
「これまでの前例に従って私は考えて行動するので、新しい事例・考え等を生み出すつもりはありません」と表現すべきなのです。
「それって夢(物語)だよね」というのも同様です。
この言葉は「それは実現不可能なことをあなたが願望している(夢見ている)よね」
あるいは「いい歳して、まだ中二病みたいなこと考えてるの?」
ということを含意していますね。
もちろん、たとえば私(40代後半)が
今から、テニスのプロ選手になりたい、といったら、
それはまさに「夢(物語)だよね」です。
しかし例えば私が今から寿司職人を目指したいと思ったら、
それを私は実現させる“自信”があります。
もちろん、一流の寿司職人にはなれないかも知れません。
しかし、寿司職人にになること自体は十分に実現可能です。
また、それに年齢も関係ありません。
私が「寿司職人になりたい」と私が言った時に、
誰かが私に「それって夢(物語)だよね」と言ったとします。
それは、その人が
「(実現が容易ではないかもしれないことは)夢(物語)として片付ける人間です」
「いい歳して何を言っているのか(=○○職人を目指すのは10代とか20代とかの若い人が目指すことであって、あなたのような年齢の人が目指すことではない)と私は思います」
(あるいはそのような“世間”の意見と私は同意見です)
ということを言っているのであり、
その人自身がそのような考え方の人間だ、ということを表しているだけで、
実は私(寿司職人になりたい&その努力をする気満々である!(笑))とは
全く関係のない言葉なのです。
その人は、「私はそのような考え方で生きているので、
みんな(世間)はそう思っているので、
あなた(寿司職人になりたい私)も当然そう思うはずなのに、
夢物語を語っていることに気付いていないであなた(寿司職人になりたい私)は
中二病・幼稚・アホですね」
とでも言っているかのようですね。
そうでしょうか?
40代後半の私が調理学校に通って、寿司とその握り方等々について学び、
日本でも海外でもどこでも日本食屋・お寿司屋さんで雇用してもらい、
そこでさらに腕を磨くことができれば、
60代後半までの20年間で、
どれだけ私の寿司職人としての実力を磨くことができるでしょう?
なぜ、そのような可能性を最初から、
100%あり得ないかのように
「夢物語だよね(実現不可能なことを夢見がちに語ってるだけだよね)」と
否定してくるのでしょうか?
「夢」を「夢物語」で終わらせるか「現実」にするかは、その人次第です。
「それって夢物語だよね」という言い方をする人は、
「私は、夢を現実にするつもりのない人間です」と
自分のことを表明しているにすぎません。
その「呪い」のような言葉に騙されてはいけません(笑)。
(いや、本当に、そのような言葉が現代版の「呪い」だと思います)
というわけで、
「前例がない」=「私は第一例を生み出すつもりがない」
「夢物語である」=「私は夢を現実にするつもりがない」
と、その発言者自身の「つもり」を表しているにすぎません。
もしこれを読んでいるあなたが、
何かを夢を実現させたいと思っているのでれば、
さらにはそれには前例がないとしても、
それは「可能」です。
あなたが「第一例」を作ればよいのです(^-^)
上に書いた通り、
どうしたって無理なこともあります。
(私がテニスのプロ選手になること、は、無理です。)
そのような実現性の冷静な検討は必要ですが、
しかし、可能なことは沢山あります。
呪いに囚われずに、現実的に検討しましょう(笑)。
(実際に私はこれまでの人生で少なからずそいうことを実現してきましたよ(^-^)。
「それって夢だよね」は実は20代前半の時に私の知人から私が実際に言われた言葉でもあります。その時にその人が私に呪いをかけてきた(笑)、「夢だよね」の内容も、その際に(夢のために)一旦手放したもう一つのことも、私は両方とも実現しましたよ。その人が「夢だよね」と言ってやろうともしないで諦めたことを、私は自分で掴みました。呪いにかからなくてよかったです(笑)。もちろん、その人は本当は「夢」を追求したい訳ではなかったのだとしたら、それはそれでよいわけです。ただ、それなら、「夢だよね」なんて言い方をしなくてもよかったのでは?(^-^))
あ、ここで、「あなたは恵まれているから」「ラッキーだったんだよ」という
もう一つ別の「呪い」になり兼ねない言葉が問題になります(笑)。
これはまた別の機会に書きますね。
「前例がない」「それって夢(物語)だよね」という
呪いの毒素にやられないようにご注意ください!(^-^)
今あなたが何か夢を実現させたいと思っているのなら、
それは「あなた次第」です。
呪いに力を削がれることほどもったいないことはありません。
あなたの人生は、あなた自身が切り拓くものです。
(努力は必要になりますが!)
(無論、すべてが思い通りになることはありません。
しかし、やってみなければ、
開くかもしれないドアも、
その前に佇んでいるだけでは、
決して開きませんよ(^-^)/)
一方で、自分の人生で叶わなかったこと・叶わないこと、
について「受け入れる」「整理して納得する」こともまた別のこととして
人生において重要な課題ですね。
(これもまた別の機会に)
(自分一人で進むのが困難な時は応援しますよ!ご連絡ください。)
2025.02.24